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2014年6月

2014年6月17日 (火)

平成26年6月議会  一般質問(分割方式)

市民クラブ・加藤尚登です。
通告に従い、市有施設の国旗掲揚について、少子化対策について分割方式にて質問いたします。
 今、私の後ろには、国旗が掲揚されております。この議場の国旗掲揚については幸町市庁舎の頃、議員同士での議論と、議会運営委員会での議決を経て、アオーレヘの議場移設を契機として掲揚されることになったものです。
 また、市役所本庁舎においては、平成4年の「長岡市役所における国旗掲揚に関する決議」の採択により、平日は雨天や強風時を除き午前8時から午後5時15分まで掲揚し、祝日は午前8時から日没までいずれも国旗掲揚塔に掲揚しております。この祝日の場合は悪天候といえども総合窓口入口に三脚を置き、掲揚することとなっております。
 基本的には、同様に支所庁舎や、幸プラザにおいても実施されていることとと思います。
 このことは、3月議会総務委員会の所管事項質問にてお答えいただいたことですが、本日は、それ以外の市有施設への国旗掲揚についてお伺いしたいと思います。
 まず冒頭に私の経験をお話させていただきます。
 我が子の運動会に保護者として観覧席にいたときのことでした。開会式冒頭で国旗掲揚がされますが、子どもたち、先生方、来賓席の地域の方は立ち上がり、姿勢を正して国旗に正対しました。これは、国旗が掲揚されるときの当然のマナーです。ところが観覧席にいる父兄の皆さんは私たち夫婦以外誰ひとりとして起立している人はありませんでした。ちょっとした衝撃を受けました。「長岡ってそういうところなのかなぁ」という感想を持ち、帰ってきました。その後PTA役員をした時に校長先生にお話して、ご来場の皆様にも起立を促すようアナウンスしてもらうようにしました。
 先日、別のある小学校の運動会に行ってみますと、そこでも同じような光景が見られました。
 学校現場では節目、節目にはきちんと国旗に対する対応が行われているのは承知しています。卒業式、入学式、運動会、さらには、3月11日の東日本大地震の被災に対する弔旗の掲揚など、誠に立派に対応されております。
 以上のことから私は、国旗に対して、あるいは国旗掲揚時にどのような態度をとることが作法に適うのか気づかない人が多いのは普段、国旗に触れる機会が少ないからではないかと思うようになりました。
学校でも、特別の日にしか国旗を揚げることはありませんし、国民の祝日といえども街中で国旗を出しているお宅はごく稀です。私は、個人も会社も自治体などの機関も少なくとも祝日には国旗を掲げて欲しいと思います。
 わが国では国旗に対していろいろな意見が出ることがあります。主に先の大戦の経験から「国旗を見ると辛い体験を思い出す」とか、「軍国主義を彷彿とさせる」とか、はては「日本は悪い国だから嫌いだ」などというものまで、いろいろな意見に出会うことがありますが、国というものはその長い歴史の中で断片的に見れば良い時も悪い時もあるのが普通の国だと思います。しかし留意すべきことは、歴史的評価というものは現在に生きる者が現在の価値観で判断してしまいがちだということです。歴史を学び、それを活かすとき一番大切なことはこの国に住む人々がこの国をより良くしていこうという共通の志を持つことだと思うのです。
この国という時、そこには日本という国名と、日の丸という国を表す旗があって、初めて私たちはこの国の未来を語ることができるのだと思います。
特にこれから世界に飛び出していく子どもたちに必要ということで、教育基本法が改正され、教育の目標が追加されました。それは「伝統と文化を尊重すること、それらを育んできた国と郷土を愛すること、他国を尊重し、国際社会に貢献すること。」であります。
今まさに、この目標を達成するための取り組みが必要な時ではないでしょうか。
 幸い、我が長岡市は、先の大戦の経験を乗り越えホノルル市との国際交流に乗り出し、来年は、戦後70周年、6年後には、東京オリンピックをむかえ世界中との交流がますます活発になります。自国はもちろん、他国の国旗に出会った時、どういう態度が作法に叶うのか知っていれば堂々と振舞うことができ、自信を持って交流することができます。
 そのためにもまずは、私たちは自国の国旗に、少し変な言い方になりますが、もっと慣れなければいけないと思います。市民の皆さんは、祝日には玄関などに国旗を掲げ、長岡市としては、現在市庁舎のみで行われている国旗掲揚を他の施設に広げていくべきと考えます。今回は、市有施設での祝日の国旗の掲揚について質問いたします。
1 保育園・小・中学校での国民の祝日での国旗の掲揚を進めてはどうでしょうか。
2 体育館や、図書館など、市民が大勢集う施設では祝日の国旗の掲揚がなされるべきと考えますがご認識を伺います。
3 地域のコミュニティーセンターでは、国旗がないから挙げられないと聞いていますが、簡易な掲揚器具と国旗を配置し、掲揚ができるようにするべきではないでしょうか。
以上、ご答弁願います。
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質問の二つ目は、少子化対策であります。
 私の所属する「少子高齢対策特別委員会」は、先の三月議会で、中間報告としていくつかの提言をしました。
 私たちは、論点として、社会づくり対策、男女の結びつけ支援、子育て支援、教育対策、Uターンの動機付け の五つを挙げて検討を始めましたが、今回の提言はその内の一つ、男女の結びつけ支援についての提言を三点にわたり提案いたしました。
 提案の第一は 男女の間を仲介する支援、その第二は、コミュニケーション能力向上支援、そして第三番目は、結婚相談所の入会支援であります。各々の詳細は委員長から報告のあったとおりですので省略しますが、新年度に入り現在までの検討状況を、また森市長は本年度の重点施策として、社会減への対応として「若者の定住促進」を掲げ、Uターン総合窓口の設置などとともに人口減少対策についての体系的な調査検討を行う旨表明されており、その成果に期待するところは大きいわけですが、現在までの検討状況についてお伺いします。
 少子化対策の質問の二番目は、不妊症と不育症治療に対する支援についてであります。
 従来、少子化対策として長岡市は、「子育て支援対策」に重点が置かれ、直接的な少子化対策は、不妊治療に対する助成にとどまっていたように思います。子どもをもうけようと環境をようやく整えても、子どもが授からない、そうしたご夫婦のご心労は察してあまりがあります。さらに近年、「不育症」といわれる、母体の中でなかなか胎児が育たないという悩みもあると伺っております。これら不妊症・不育症に対する治療助成の現状、課題、今後の方向についてご答弁願います。
 さらに教育の現場での対応についてお伺いします。
 結婚し、家庭を築き子どもを設けること・・・これは、命を頂いたものがまずその命を使ってなすべきことの一丁目一番地であろうかと思います。私たちが今ここに存在するのもそうした先祖の営々とした命のバトンリレーが数万回、数十万回と一度の失敗もなくつながった証であります。多様な価値観と、個人の尊厳が叫ばれる現代ですが、障害や、病のため命をつなぐことができない方もいる中で、健康な命を授かっている人たちの第一になすべきことは何よりもこのことにあるのではないでしょうか。教育の場では「キャリア教育」が盛んです。どんな職業に就くのか、早い頃から意識を持ってもらうというものでしょうが、それでは、なんのために働くのか、言い換えればなんのために生きるのかという、一見むつかしそうな命題ですが、一番基本になる考え方について教育の現場ではどのように子どもたちに働きかけているのか、お伺いします。
 また、人生を考えるにあたって、思春期に相当する中学生には望まぬ妊娠を避けるための避妊教育が重点的に行われているとお聞きしていますが、安心して将来子どもを持ちたいと思う教育をこそやるべきだと考えます。妊娠・出産に関して、医学的知見から適齢期があることや、不妊の原因の半分は男性にあるということがあまり知られていないという現状があります。
このようなことから、今後医師や、助産師を交え、将来を見据えたライフプラン教育が必要と考えますが、現状での取り組み状況と、今後の方向性についてご見解をお伺いします。

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